スタッフブログ

2017.03.01

「六然」

三井 和典

中国の官職をしていた崔銑(さいせん)という人の語録に「六然」があります。勝海舟が良く揮毫しているようですが、この六然には真の自由人になるための生き方が綴られています。

 

自処超然(自分に関しては一向に物に囚われないこと)

人処藹然(人に対していかにもその人が活き活きと、いい気持ちを感じられるように接すること)

有事斬然(何か問題ある時でもうろたえたりへこたれたりしないですっきりしていること)

無事澄然(何事もない時は水のように澄み切っていること)

得意欿然(人から見ていかに得意な時でも満足することなく、自分はまだまだと思うこと)

失意泰然(失意のときにあっても何でもないように振る舞うこと)

 

人にはそれぞれ多事多難なことがあります。しかしその大変さは本人にしかわからないものです。そんな時この六然に記されているような生き方ができたら、いかなる艱難辛苦からも解放される「真の自由人」になれるのではないでしょうか。

2017.02.24

プレミアムフライデー

牧 祐史

今日から、政府が推奨するプレミアムフライデーが開始されました。働き方改革の一環と、消費対策が目的とのことですが、定着するのでしょうか?

特に消費については長野は御開帳の翌年ということもあり、この1年くらい良くないように感じます。

また、大企業でも意見が割れるなか、我々のお客様である中小零細企業にとっては、決して低くないハードルをどのようにクリアして行くのか、行き当たりバッタリの政策でないようにこれから深堀をしていかなければならないと思います。

そもそもいつこの制度ができたのか当日まで知らなかった私・・・

2%の物価上昇を掲げる政府の方針にどこまで近づくことができるのか今後とも注目していきたいと思います。

2017.02.20

「感謝・報恩」

三井 和典

恩に感じ(感恩)、謝に報いる(報謝)のは、人間が人間として成立する、敬虔な感情と意志であります。人が最初に感じる感恩は親に対する「孝」です。親に対する「孝」は「親孝行」という行動になり、子が親に対してできる最初の孝行は、無事健やかに育ち、才能や徳を発揮することでありましょう。

子供が成長し一人の人間として生計を営むことができるようになることが、二つ目の「孝養」といえます。まさしく家族を養い、親を養うことです。

生み育ててくれた親に対する感恩報謝は「孝」であり、同じ親から生まれた兄弟に対する感恩報謝は、「悌」(友愛)と言うそうです。友愛は、相思い相助けて互いに大成しよう、という感情の表れであり、我々が最初にこの感情を抱くのが、同じ両親から生まれた兄弟に感じるのだそうです。兄弟仲良くしていることは、親に対する三つ目の「養」といえるでしょう。

天は血肉を分けた親子以外にも、道を修めるために、人に「師と友」を与え敬愛という情を教えています。師は我々に先んじて道を求め、その頂を極めた人であり、友はその道を極めるために共に歩んでいく同士であります。

人として親のない事は耐え難いが、避けられない不幸です。しかし師と友がいないことは不幸ばかりではなく、この上なく不徳なことではないでしょうか。

八種の人間関係(親・子・配偶者・兄弟・師・友・職場の人・地域の人)に対する感謝と報恩が、自分を取り巻く環境を変える行動かもしれません。

2017.02.16

将来への備え

和田 賢治

現在私は居住地区の『祭典委員会』なるものの副会長をやっています。28年4月から2年の任期だそうです。春祭り、秋祭り。越年祭と大きな行事を済ませ先日、会長と副会長(3人)が集まり今年度の総会に向けた準備をいたしました。業務報告と決算報告準備です。仕事柄決算報告準備を担当でもないのに一応済ませ来年度の予算案も含め一通りその日にやることを済ませました。一息ついていると参加者の女性(主婦)から“保険ってどうしてます?”と聞かれました。あまりにも曖昧な質問でしたので真意を聞くことから始めました。将来もらえる年金が不安で生命保険を以って備えとすることについて私に質問したかったようです。さて、その方がおかれている状況、財産や世帯収入、家族構成などがわからないと何も判断がつかないな~と感じました。まして保険屋さんでもないし・・・更にはこのような情報を近所の私に話せるわけもなく“みなさんどうしているのでしょう?”という話になりました。保険のことであれば、信光経営グループの㈱長野フィナンシャルホールディングスへ行ってみてはということを話しました(紹介されないと不安で入れない・・・そうです)。他にも毎月伺っているお客様に同じように聞かれることが最近あります。自身も不安を抱く内容ですから今からでもできることを始めたいなと思います。弊社は1月から『確定拠出年金』を始めています。私もやってみています。皆が将来を明るく考えられるように自分が役に立てると嬉しいです。

2017.02.13

「灑々落々」

三井 和典

灑々落々(さいさいらくらく=拘りがなくさっぱりとし気持ちが大きい生き方。)

人間は死に瀕した時、一分一秒でも長く生きながらえないかと思案する人がいます。人の一生は長くても100年。物理的には130年くらいの寿命があるようですが、これは人間の文明を主体とした時の話であります。

宇宙時間-宇宙の起源から現在に至るまで-からみると、100年はわずか3秒足らずの時間となるようです。人間はこの3秒をどう生きるかにまさしく生死をかけているわけです。

自分の一生が「たったの3秒。」くよくよしている自分が余りにも情けなく感じてしまいます。

すべからく「生きようとする意志」は人生の原動力に違いありません。しかしどう生きるか?―「人格の世界」あるいは「物欲の世界」か?―は、どう死ぬか?という死の意義にも影響していくと思われます。

「生老病死」は人間の苦しみと表現されますが、それは身体的な苦痛を意味するだけで、意識は永遠に生き続け「想い」に苦痛はありません。心の痛みは、まさしく「自分の心の有り様」によってだけもたらされるのです。

「親切・愛情・喜び・幸福・・・」潜在意識の中に、ポジティブな心を持つだけで「たった3秒の人生」ですが「されど3秒の人生」に変わるのではないでしょうか?

サラサラと生きたいものですね!!

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